2010.08.09 Mon
インド・ガルワールヒマラヤ<花の谷>
【ルート】Delhi-Halidwar-Rishikesh-Rudraprayag-Gauchar-Karanprayag-Nandprayag-Chamoli-Joshimath-Govindghat-Ghangalia-Valley of Flowers National Park 復路同じ ルートマップ
【期 間】2010.07.22--07.31
【ツアー】クラブ・ツーリズム花の谷フラワーウォッチング10日間 [TD 珍田知美さん]
【アルバム】 花(77点)、人・景観(静止画108点 動画8点)
2010.07.22-31 India, himalaya by Maki、同 movie
しばらく旅行から遠ざかっていたものの、以前から機会があればと狙っていた《ヒマラヤ>ブルー・ポピー>花の谷>シーズンは7-8月限定…》というのを知り、クラブ・ツーリズムのツアーに参加(計12名)。オクさんは、秘境/辺境ご遠慮なので、マネージャー兼介護役!?の娘を同道。
○高山帯の花畑はもちろんだが、氷河を抱くガルワール・ヒマラヤの深い谷の絶景がなんとも素晴らしかった
○さらに強い印象となったのが、頻発したがけ崩れによる通行止、断崖絶壁の長い山岳路の激走。ツアーの初日から最終日まで、移動中は次にどんな障害が現れるか全く予断を許さない按配で、無事に予定がこなせたのは奇跡に近い。インド旅の醍醐味かしら
○心配していた高山病・腹下しは万全の対策が奏功したせいか免れたし、体調を崩したメンバーも皆無とこの点もラッキー
○酒なし(試飲したラム酒はちょっと)、肉類なし(デリー以外)だったが、連日のカレー料理も調理(多分に日本人好みの味付けをしてくれた)の変化があって飽きることはなかった。現地食材しか使わないマクロビ食はやはり身体にやさしい
○ヒンズー教やインドの生活にまつわる話がたくさんガイドのサリンさんから聞けて興味深かった。人口12億のド迫力はたいしたもので、どこでも街は人で溢れかえっていた。街の人々を見ると、うーん貧富の差がまだ大きいんだなぁと感ぜずにはいられなかった。IT産業躍進っていったいどこの話しなのかピンとこなかった。
この先世界最多の15億人口の消費力はたしたものだろうが、貧富の問題を考えると実効5億ぐらいがいいとろのように思えてならない
【旅ノート】
成田を12:00に離陸したエアー・インディア機は、半分ぐらいの搭乗客でゆったり。現地ではお酒がほとんど飲めないと聞いていたので、ビールやワインをたっぷりいただき、食事もカレー料理ばかりなので日本の食材を暫しじっくり味わう。シートTVのBollywoodものムービー(インド映画産業は世界一だそう)とかをちらちら見ているうちに、デリー空港に定刻より一時間早く到着。早く着きすぎたため、迎えのガイドがまだ来ておらずしばらく待機。そうこうしてうちに到着した中型バスに乗り込み市内へ向かう。日本に来たことがないのに、日本語ぺらぺらのガイド、サリンさんの楽しい説明をききながら暗くなり始めた7時にはホテル着。プルメリアやブーゲンビレアが咲きみだれていた庭を一巡り、ホテル近辺にはクジャクの姿が多くケーン、ケーンと鳴き声もよく聴こえる。
2日目はすぐデリーからヒマラヤ裏街道"Himalayan Hideaway"を北上し、260キロ離れたガンジス川巡礼の基点ハリドワールへ向かう。バスには、サリンさんとガイド助手バーラムさん(日本語うまい)、現地旅行社プランナーのゴーシュさん、ルートガイドのモンジーンさん、ドライバーのナレーシュさん、ドライバー助手二人に添乗員さんとスタッフが8名も乗り組む。全22席のバスは、最後尾席を空けるとほぼ満席。道幅が狭い山岳路ルートに向かうツアーバスはこのTATA社製中型バスばかり。運転席の後ろに車内宿泊用らしいベッド兼助手席があり客室とはドアで仕切られているのが特徴。トラックもほぼ同じ予備席があるものばかりだった。強力なエアコンがついているが、温度調節はなくONかOFFしかなく寒くなりすぎると切ってもらったり、停めると凍結氷が融けてシートに水がしたたり落ちたりやっかい。
ハリドワールまでは平原を走り、一部は建設中の自動車道を使う…もちろん人も自転車も、トラクター荷車、牛車そして例ののっそり歩きまわる牛さんなどもご通行となり、高速道路とは言いがたい。また片側が工事などで通行止めになっていると、片側2車線の相互交通となる位で平穏走行と思いきや、各車(もちろん我がバスも)がわれ先へとけたたましく警笛を鳴らしながら突っ走るので、ひやひやドキドキとまるで生きた心地がしない。この先の山岳路が心配になってくる。ガンガー(ガンジス河)がヒマラヤ山地からインド大平原に流下する出口に位置するヒンドゥー教の聖地ハリドワールの沐浴場はぼちぼちの人出。7月30日の帰路はお盆?が始まっていて、大群衆で溢れかえった。
リシケシではガンガー川端で日没の06:45から開かれるプジャ(楽器入りの唄のような祈り)に参列、そばに居たインド人夫妻は長いお経をずっと詠っていました。
3日目の朝食前には、リシケシと言えばヨガ&ビートルズ…にならい希望者がヨガ体験。指導者の超アクロバットに唖然としたようです。バスは11:00スタートとゆっくりだったので、プールサイドの小屋でサリンさん差し入れのラム酒のテイスティングをして、これからの長いバス乗車に備え(^^;
なんせ、デリーから登山の始まるゴビンダガートまでの530Km(このうち約300Kmが山岳路)をバスで3日間かけて爆走しなくてはならず、一にも二にも忍耐!忍耐!が始まる。
いよいよ食事の衛生状態が気になる地方に入り、わがパーティ専属のクッキング班の食事サービスが始まる。食材、食器、プロパン・コンロを積み込んだ四駆車が食事ポイントに先駆けし四人のスタッフが調理とサービスをしてくれるわけで、一番懸念されるマンゴーやパパイヤをカットするナイフも勿論生水を使わずミネラルウォーターで洗うという念の入れよう。旅の最後までにお腹を壊す人が一人も出なかったかったのはこのお陰か。この料理班メンバーを加えると、ゲストと同数の支援スタッフが同行していることになるなぁ。
ルドヤプラヤグ(プラヤグとは、ガンガーへ流れ込む源流の聖なる合流地点を指す)までは徐々に高度を上げながら、何箇所ものがけ崩れ、道路陥没場所をひやひやしながら通過。シヴァ神伝説のコテシュワラナート寺院では、かわいらしい小学生グループが洞窟でお祈りをささげており、子どもの頃からもヒンズー教が深く根ざしていることが伺えた。いやー寺院にはお猿さんも多かったこと。
4日目は、アラクナンダ川に沿う断崖絶壁の山岳路を1900mのジョシマートまで高度を上げる。途中やはり、がけ崩れの応急工事のため一時間ほど通過待ち行列で待機。スタッフががけ崩れ箇所まで歩きで偵察しにいき、携帯で通過見通しを連絡してくれる。このヒマラヤ裏街道は、中国とネパール国境近くまで延びる軍事上も重要な路線なので、パワーシャベルやローダーが配置され優先して開通させているとのこと。がけ崩れ・通行止めが日常茶飯事なのも困ったものだが、全区間で崩落防止対策するのは不可能でしょうね。なんとか通れるようになると、人、バイク、乗用車、トラックの順に通過させる。ここの路盤陥没箇所では重量のあるトラックは当分待たないと通れないような状態だった。後日聞いたところによると、開通待ちか、走行禁止となる夜間になったためか、一晩バス泊となった他の日本人ツアーバスがあったそう(-_-メ)…食事トイレがタイヘンだっただろうし、それより夜間停車中のがけ崩れ直撃の心配もあったでしょうにね。
このツアーのウリは"高山病予防のため、ゆっくり高度順応"なので、ジョシマートには14:30には到着し、街の散策など休養。ここは、切り立った山々の眺めもよく、近くのAULIにはスキー場もあるとのことで、牛さんがのそのそ歩いていなければ"アジアのサンモリッツ"だ。
ホテルでは急にわが団体が泊まったせいか何度か停電に。浴室のシャワーには50リッターぐらいの電気温水器があって、まずONにしておき、次に使う娘の分のお湯を残すためさっさっと浴びてすます。ここで重宝したのが持参したサンダル。トイレと一緒になった浴室はどうも綺麗好きの日本人は裸足にはなりにいくい。インド旅行には必携アイテム。
5日目はいよいよバス終着地点ゴビンダガート(1900m)まで上がる。途中にあったプラヤグの聖地では、10人ぐらいの老人たちの巡礼グループがおり、にこにこしていろいろ説明してくれる、コミュニケーションにはならないが…。長期間の巡礼のわりに荷物がほとんどなく、宿坊のある寺では寝所や食事が提供されるにしても、野宿はタイヘンそうだ。家財土地を全部処分してから巡礼する人もたくさんいるらしく、キリスト教、仏教、イスラム教などの巡礼・巡拝ともだいぶ異なる。
ゴビンダガートには、シーク教の大聖地ヘムクンドへの巡礼者が集結するため大駐車場があって、我々もバスを後にし装備を整え(高山病にかかったときのエアーボンベも配られる…使った場合は1000ルピーとかを支払えばよく合理的、結果的には全員使わずに済んだ)登山の開始。とても、わが隊は全員ラバ(ポニー?)に乗って13Kmの石畳登山道を4時間かけて標高差1100mを上る。ぞろぞろ連なる巡礼者の殆どは歩きだが、子どもやお年寄りがラバや籠、四人かつぎ輿を使っていた。また各人の宿泊用荷物や料理隊荷物はまとめて何頭かで運んでもらえる。
私もこんな長時間馬に乗った経験がなかったが、ラバさんに必死にしがみついて段差の急な路を落馬せずに「花の谷」入口のガンガリアに着くことができ、ほっとした…尻の尾てい骨あたりが擦れて痛くて我慢するのが大変だったね。やたら走って先頭にたちたがるラバがいる一方やたら歩みが遅いものや、勝手に休憩したり途中でハンストするラバなど様々。この登山道の脇にはたくさんの茶店・休憩所やマッサージ所が並んでいて我が隊も途中で昼の弁当休憩をした。なお、2頭に一人の馬方さんがついてくれる。上り下りのラバが多いということは登山道上の糞尿も相当で、ちゃんと掃除担当も随所にいて多分料金の一部が回るような仕組みがあるようだ。
シーク教の若い男性などはとても陽気で、わが隊(の女性)が通ると盛んに写真をとったり挨拶の声かけをしてくれたり、自分も写してくれとせがまれたりすることが多かった。日本人好きなのか、こんなきちんとした重装備の団体なんて、よほどの金持ちか映画スターじゃないか?!と思っているせいだとする異説もあった。
ガンガリア(3000m)のロッジはもちろん暖房なし、ロウソクが備品…だったが18:00から23:00までは電灯は点いていた。わが隊へは、一人バケツ一杯の湯が配られ洗顔や体を拭く贅沢ができた。モンスーン時期で湿気を含んだ寝具と寒さのため、防寒ウェアを全部着込んだままベッドに入る。
いよいよ世界遺産「花の谷」トレッキングの6日目の朝を迎えるとインドに入って初の小雨模様のあいにくの天気。情報では国立公園内登山道の一部が決壊していてゲートが閉鎖されているということだった(ここまで来てやばい!!)、とりあえず花ガイドのラジースさん(Rajneesh S. Chouhan)と合流し7:00には雨具に身を固めスタート。
公園ゲートで先着していた7-8名のインド人グループと一緒に待機していたところ、公園管理者が園内巡視者と衛星電話で連絡をしあっているなか、わが隊花ガイドがゲートオープンを迫ってようやくOKに。
8:00に入園し3500mの「花の谷」中央を目指してトレッキング開始、すると次々に亜熱帯高山植物が現れ始めヒマラヤ特有の花々が可憐に私たちに語りかけた。花ガイドさんの片言の日本語花名も加えながらの説明を聞きながら目当てのブルー・ポピーも発見。ただし、岩陰にひっそりと数えられるほどの株しかなくちょいと拍子抜けではあった。わが隊は行かなかった聖地巡礼地ヘムクンド湖近辺だと4200mとなりブルー・ポピー他ももっと豊富だったようだ。
途中土石流で決壊している箇所を隊ガイド総出で通れるように補修したところを渡河したりしながら、12:00にはガルワール・ヒマラヤの山々に囲まれた深い谷の花畑に達し、雪渓や氷河に縁取られた絶景にうっとり。ここに到着するまでの苦労、忍耐も霧消するほどでした。なお、シーク教聖花サウスレアやエーデルワイスは見逃しました
往復約6時間のトレッキング中に出遭ったのは、インドの若者グループ、タイ・プーケットからの年配大グループ(多くが輿に乗っていた)、韓国からの数名ほどであった。15:00にはロッジに帰着し、花々の余韻にふけりながら無事目的を果たしたお祝いテー・パーティを。娘も含めて大半のメンバーはロッジ専属マッサージ師のお世話になっていたようです。同宿には西遊旅行のパーティーもおり、本格山歩き派らしく「花の谷」トレッキング、ヘムクンド湖トレッキング、ゴビンダガート徒歩下山とヴィシュヌ神聖地バドリナート(3122m)訪問と、ガンガリア3泊4日の精力的プランだったようだ。とに角、不測の出来事ばかりのインド旅のわりには、花の谷に一日しか割いていないわが隊が予定をこなせただけでもラッキーであった。
ガンガリアにもう一泊後の7日目朝、また全員ロバにまたがり下山開始。馬上では下りの方が却って恐ろしいのに、すぐ往路で痛めた尻の皮がうずきだし鞍に座れず身体を安定させるのに一苦労。途中2回の休憩をいれて3時間半でゴビンダガートへ無事たどり着く。荷物隊が降りてくるのを待ちながら予定外の地元レストランで昼食。ここまでくればもうなんとかなるだろうと腹をくくって(-_-メ)食事…もちろん念入りに皿・スプーンをアルコール消毒したのは当然。
三日ぶりにバスに乗ってすぐ、往路ではなかった大規模ながけ崩れ箇所を肝を冷やしながら通過、その後もつづら折りの山道カーブの度にお尻の痛さを堪える"苦難!限界!忍耐!のヒマラヤ裏街道爆走"でした。ルドヤプラグまではもう当たり前になって驚かないがけ崩れ、通行止め解除待ち一箇所だけ。車中ではガイドのサリンさんの面白い解説に耳を傾けました:大乗小乗仏教から八大仏跡・四大聖地・ヒンズーの教え、早起き・早寝・結婚早い・早い子供つくりの生活、いまだお見合い結婚が普通〜娘が3人もいたら親は持参金で破産、インド巨大企業のTATA財団やリライアンス・グループについてなどなど…興味が尽きませんでした。
そうこうしながらルドヤプラヤグのホテルに無事到着し、サリンさん秘蔵のラム酒を味わいなら夕食。
8日目、あとはリシケシュに下るだけで楽勝!!と思いきや、ホテルから数キロの場所でがけ崩れ・通行止め中とまたもや待機。当分開通しないということでホテルでまたヨガや、ガイド助手のバーラムさんに数独パズルを教えたりしながら時間をつぶし午後2時ようやく目処がつきそうということでスタート。遅れを取り戻す激走につぐ激走にへとへとになって夜9時リシケシュのホテル着。食事後ベッドに入ったのが11時すぎ。
9日目はもう平地移動なのでOKかな(^○^)と思っていたら、今度はハリドワール大巡礼行列のためハリドワール市内が通行止めになるかもしれないということで4:30起床、6時にはバス出発と相成り"不測が当たり前のインド旅"が楽しく・もうヤケクソといった按配。往路ではそれほどでもなかった沐浴場エリアはオレンジ色の服を着たデリー方面からの巡礼グループでごったがえし、自分たちの村の寺に納める灯篭のような担ぎものとガンガーの聖水のタンクを携えた老若男女(女性は少ないが)が続々とデリーに到る道路一杯に歩き出して(大半は裸足)いた。デリーまでで220Kmにもなるので2週間ぐらい歩き通すとのこと。さらに一難去ってまた一難!とばかり、またもや通行止め! 盛り上がった巡礼者数名が川に飛び込み一名が水死したことで救助できなかった警察ともみ合いになったそう。迂回路もなく一時間ほどガソリンスタンドで待機しようやくクリア。立ち寄りを予定していたランチのレストランはこのお盆で休業、やむなく他のレストランを使うなど、とに角、"確実ということがないインド旅"が最終日まで続きます。
それでも15時ごろにはデリーに到着し、フマユーン廟、インド門、ラクシュミー・ナラヤン寺院、ラール・キラー(赤い城)、各国大使館エリアなどの車窓見物とお土産屋さん訪問(孫たちのプレゼントにするTシャツだけゲット)をこなして18時すぎにはデリー空港へ。空港では国際線は2日前に供用開始した新しいターミナル3(なんと広さがアジアで一番、世界で7番目だそう)に変更ということで嫌な予感がしたが、幸い離発着スケジュール表示のモニターがダウンしていたぐらいで、チェックインと出国手続きはスムーズであった。ターミナル内の免税店の大半の商品棚が空っぽだったのはご愛嬌。
帰国便AI306も半分ぐらいの搭乗率で3人がけシートを一人でゆったり使いほとんど寝てこれて翌朝成田に無事到着、"意外性の少ない平穏な日本の生活"に戻ることになった。
【リンク】
花の谷トレッキング
花の谷周辺の花
ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで
ガンガリア 花の谷へ往復トレッキング
ガルワール・ヒマール
【2010年夏シーズンに訪れた方のサイト】2010.09.09現在
#いこいの山岳会山行記/インド ガルワールヒマラヤ「花の谷」トレッキング(2010年7月25日〜8月4日)
#yamagorogoroさん/インド・ガルワール・ヒマラヤ花の谷(2010年8月22日-26日)
#starcirclecafeさんのアルバム/インド ウッタラーンチャル州 花の谷(Valley of Flowers)(2010年7月 254点)記事:世界のパワースポット巡り
#クラブツーリズム添乗員報告/インド・天空の楽園『花の谷』トレッキング 11日間(2010年8月1日〜11日)
【資料】
"FLOWERS OF THE BHYUNDAR VALLEY, The Valley of Flowers National Park & Shri Hemkund Sahib" Chandrashekhar S.Chauhan
『ヒマラヤ百花』内田良平(朝日ソノラマ 2002)
【期 間】2010.07.22--07.31
【ツアー】クラブ・ツーリズム花の谷フラワーウォッチング10日間 [TD 珍田知美さん]
【アルバム】 花(77点)、人・景観(静止画108点 動画8点)
2010.07.22-31 India, himalaya by Maki、同 movie
しばらく旅行から遠ざかっていたものの、以前から機会があればと狙っていた《ヒマラヤ>ブルー・ポピー>花の谷>シーズンは7-8月限定…》というのを知り、クラブ・ツーリズムのツアーに参加(計12名)。オクさんは、秘境/辺境ご遠慮なので、マネージャー兼介護役!?の娘を同道。
○高山帯の花畑はもちろんだが、氷河を抱くガルワール・ヒマラヤの深い谷の絶景がなんとも素晴らしかった
○さらに強い印象となったのが、頻発したがけ崩れによる通行止、断崖絶壁の長い山岳路の激走。ツアーの初日から最終日まで、移動中は次にどんな障害が現れるか全く予断を許さない按配で、無事に予定がこなせたのは奇跡に近い。インド旅の醍醐味かしら
○心配していた高山病・腹下しは万全の対策が奏功したせいか免れたし、体調を崩したメンバーも皆無とこの点もラッキー
○酒なし(試飲したラム酒はちょっと)、肉類なし(デリー以外)だったが、連日のカレー料理も調理(多分に日本人好みの味付けをしてくれた)の変化があって飽きることはなかった。現地食材しか使わないマクロビ食はやはり身体にやさしい
○ヒンズー教やインドの生活にまつわる話がたくさんガイドのサリンさんから聞けて興味深かった。人口12億のド迫力はたいしたもので、どこでも街は人で溢れかえっていた。街の人々を見ると、うーん貧富の差がまだ大きいんだなぁと感ぜずにはいられなかった。IT産業躍進っていったいどこの話しなのかピンとこなかった。
この先世界最多の15億人口の消費力はたしたものだろうが、貧富の問題を考えると実効5億ぐらいがいいとろのように思えてならない
【旅ノート】
成田を12:00に離陸したエアー・インディア機は、半分ぐらいの搭乗客でゆったり。現地ではお酒がほとんど飲めないと聞いていたので、ビールやワインをたっぷりいただき、食事もカレー料理ばかりなので日本の食材を暫しじっくり味わう。シートTVのBollywoodものムービー(インド映画産業は世界一だそう)とかをちらちら見ているうちに、デリー空港に定刻より一時間早く到着。早く着きすぎたため、迎えのガイドがまだ来ておらずしばらく待機。そうこうしてうちに到着した中型バスに乗り込み市内へ向かう。日本に来たことがないのに、日本語ぺらぺらのガイド、サリンさんの楽しい説明をききながら暗くなり始めた7時にはホテル着。プルメリアやブーゲンビレアが咲きみだれていた庭を一巡り、ホテル近辺にはクジャクの姿が多くケーン、ケーンと鳴き声もよく聴こえる。
2日目はすぐデリーからヒマラヤ裏街道"Himalayan Hideaway"を北上し、260キロ離れたガンジス川巡礼の基点ハリドワールへ向かう。バスには、サリンさんとガイド助手バーラムさん(日本語うまい)、現地旅行社プランナーのゴーシュさん、ルートガイドのモンジーンさん、ドライバーのナレーシュさん、ドライバー助手二人に添乗員さんとスタッフが8名も乗り組む。全22席のバスは、最後尾席を空けるとほぼ満席。道幅が狭い山岳路ルートに向かうツアーバスはこのTATA社製中型バスばかり。運転席の後ろに車内宿泊用らしいベッド兼助手席があり客室とはドアで仕切られているのが特徴。トラックもほぼ同じ予備席があるものばかりだった。強力なエアコンがついているが、温度調節はなくONかOFFしかなく寒くなりすぎると切ってもらったり、停めると凍結氷が融けてシートに水がしたたり落ちたりやっかい。
ハリドワールまでは平原を走り、一部は建設中の自動車道を使う…もちろん人も自転車も、トラクター荷車、牛車そして例ののっそり歩きまわる牛さんなどもご通行となり、高速道路とは言いがたい。また片側が工事などで通行止めになっていると、片側2車線の相互交通となる位で平穏走行と思いきや、各車(もちろん我がバスも)がわれ先へとけたたましく警笛を鳴らしながら突っ走るので、ひやひやドキドキとまるで生きた心地がしない。この先の山岳路が心配になってくる。ガンガー(ガンジス河)がヒマラヤ山地からインド大平原に流下する出口に位置するヒンドゥー教の聖地ハリドワールの沐浴場はぼちぼちの人出。7月30日の帰路はお盆?が始まっていて、大群衆で溢れかえった。
リシケシではガンガー川端で日没の06:45から開かれるプジャ(楽器入りの唄のような祈り)に参列、そばに居たインド人夫妻は長いお経をずっと詠っていました。
3日目の朝食前には、リシケシと言えばヨガ&ビートルズ…にならい希望者がヨガ体験。指導者の超アクロバットに唖然としたようです。バスは11:00スタートとゆっくりだったので、プールサイドの小屋でサリンさん差し入れのラム酒のテイスティングをして、これからの長いバス乗車に備え(^^;
なんせ、デリーから登山の始まるゴビンダガートまでの530Km(このうち約300Kmが山岳路)をバスで3日間かけて爆走しなくてはならず、一にも二にも忍耐!忍耐!が始まる。
いよいよ食事の衛生状態が気になる地方に入り、わがパーティ専属のクッキング班の食事サービスが始まる。食材、食器、プロパン・コンロを積み込んだ四駆車が食事ポイントに先駆けし四人のスタッフが調理とサービスをしてくれるわけで、一番懸念されるマンゴーやパパイヤをカットするナイフも勿論生水を使わずミネラルウォーターで洗うという念の入れよう。旅の最後までにお腹を壊す人が一人も出なかったかったのはこのお陰か。この料理班メンバーを加えると、ゲストと同数の支援スタッフが同行していることになるなぁ。
ルドヤプラヤグ(プラヤグとは、ガンガーへ流れ込む源流の聖なる合流地点を指す)までは徐々に高度を上げながら、何箇所ものがけ崩れ、道路陥没場所をひやひやしながら通過。シヴァ神伝説のコテシュワラナート寺院では、かわいらしい小学生グループが洞窟でお祈りをささげており、子どもの頃からもヒンズー教が深く根ざしていることが伺えた。いやー寺院にはお猿さんも多かったこと。
4日目は、アラクナンダ川に沿う断崖絶壁の山岳路を1900mのジョシマートまで高度を上げる。途中やはり、がけ崩れの応急工事のため一時間ほど通過待ち行列で待機。スタッフががけ崩れ箇所まで歩きで偵察しにいき、携帯で通過見通しを連絡してくれる。このヒマラヤ裏街道は、中国とネパール国境近くまで延びる軍事上も重要な路線なので、パワーシャベルやローダーが配置され優先して開通させているとのこと。がけ崩れ・通行止めが日常茶飯事なのも困ったものだが、全区間で崩落防止対策するのは不可能でしょうね。なんとか通れるようになると、人、バイク、乗用車、トラックの順に通過させる。ここの路盤陥没箇所では重量のあるトラックは当分待たないと通れないような状態だった。後日聞いたところによると、開通待ちか、走行禁止となる夜間になったためか、一晩バス泊となった他の日本人ツアーバスがあったそう(-_-メ)…食事トイレがタイヘンだっただろうし、それより夜間停車中のがけ崩れ直撃の心配もあったでしょうにね。
このツアーのウリは"高山病予防のため、ゆっくり高度順応"なので、ジョシマートには14:30には到着し、街の散策など休養。ここは、切り立った山々の眺めもよく、近くのAULIにはスキー場もあるとのことで、牛さんがのそのそ歩いていなければ"アジアのサンモリッツ"だ。
ホテルでは急にわが団体が泊まったせいか何度か停電に。浴室のシャワーには50リッターぐらいの電気温水器があって、まずONにしておき、次に使う娘の分のお湯を残すためさっさっと浴びてすます。ここで重宝したのが持参したサンダル。トイレと一緒になった浴室はどうも綺麗好きの日本人は裸足にはなりにいくい。インド旅行には必携アイテム。
5日目はいよいよバス終着地点ゴビンダガート(1900m)まで上がる。途中にあったプラヤグの聖地では、10人ぐらいの老人たちの巡礼グループがおり、にこにこしていろいろ説明してくれる、コミュニケーションにはならないが…。長期間の巡礼のわりに荷物がほとんどなく、宿坊のある寺では寝所や食事が提供されるにしても、野宿はタイヘンそうだ。家財土地を全部処分してから巡礼する人もたくさんいるらしく、キリスト教、仏教、イスラム教などの巡礼・巡拝ともだいぶ異なる。
ゴビンダガートには、シーク教の大聖地ヘムクンドへの巡礼者が集結するため大駐車場があって、我々もバスを後にし装備を整え(高山病にかかったときのエアーボンベも配られる…使った場合は1000ルピーとかを支払えばよく合理的、結果的には全員使わずに済んだ)登山の開始。とても、わが隊は全員ラバ(ポニー?)に乗って13Kmの石畳登山道を4時間かけて標高差1100mを上る。ぞろぞろ連なる巡礼者の殆どは歩きだが、子どもやお年寄りがラバや籠、四人かつぎ輿を使っていた。また各人の宿泊用荷物や料理隊荷物はまとめて何頭かで運んでもらえる。
私もこんな長時間馬に乗った経験がなかったが、ラバさんに必死にしがみついて段差の急な路を落馬せずに「花の谷」入口のガンガリアに着くことができ、ほっとした…尻の尾てい骨あたりが擦れて痛くて我慢するのが大変だったね。やたら走って先頭にたちたがるラバがいる一方やたら歩みが遅いものや、勝手に休憩したり途中でハンストするラバなど様々。この登山道の脇にはたくさんの茶店・休憩所やマッサージ所が並んでいて我が隊も途中で昼の弁当休憩をした。なお、2頭に一人の馬方さんがついてくれる。上り下りのラバが多いということは登山道上の糞尿も相当で、ちゃんと掃除担当も随所にいて多分料金の一部が回るような仕組みがあるようだ。
シーク教の若い男性などはとても陽気で、わが隊(の女性)が通ると盛んに写真をとったり挨拶の声かけをしてくれたり、自分も写してくれとせがまれたりすることが多かった。日本人好きなのか、こんなきちんとした重装備の団体なんて、よほどの金持ちか映画スターじゃないか?!と思っているせいだとする異説もあった。
ガンガリア(3000m)のロッジはもちろん暖房なし、ロウソクが備品…だったが18:00から23:00までは電灯は点いていた。わが隊へは、一人バケツ一杯の湯が配られ洗顔や体を拭く贅沢ができた。モンスーン時期で湿気を含んだ寝具と寒さのため、防寒ウェアを全部着込んだままベッドに入る。
いよいよ世界遺産「花の谷」トレッキングの6日目の朝を迎えるとインドに入って初の小雨模様のあいにくの天気。情報では国立公園内登山道の一部が決壊していてゲートが閉鎖されているということだった(ここまで来てやばい!!)、とりあえず花ガイドのラジースさん(Rajneesh S. Chouhan)と合流し7:00には雨具に身を固めスタート。
公園ゲートで先着していた7-8名のインド人グループと一緒に待機していたところ、公園管理者が園内巡視者と衛星電話で連絡をしあっているなか、わが隊花ガイドがゲートオープンを迫ってようやくOKに。
8:00に入園し3500mの「花の谷」中央を目指してトレッキング開始、すると次々に亜熱帯高山植物が現れ始めヒマラヤ特有の花々が可憐に私たちに語りかけた。花ガイドさんの片言の日本語花名も加えながらの説明を聞きながら目当てのブルー・ポピーも発見。ただし、岩陰にひっそりと数えられるほどの株しかなくちょいと拍子抜けではあった。わが隊は行かなかった聖地巡礼地ヘムクンド湖近辺だと4200mとなりブルー・ポピー他ももっと豊富だったようだ。
途中土石流で決壊している箇所を隊ガイド総出で通れるように補修したところを渡河したりしながら、12:00にはガルワール・ヒマラヤの山々に囲まれた深い谷の花畑に達し、雪渓や氷河に縁取られた絶景にうっとり。ここに到着するまでの苦労、忍耐も霧消するほどでした。なお、シーク教聖花サウスレアやエーデルワイスは見逃しました
往復約6時間のトレッキング中に出遭ったのは、インドの若者グループ、タイ・プーケットからの年配大グループ(多くが輿に乗っていた)、韓国からの数名ほどであった。15:00にはロッジに帰着し、花々の余韻にふけりながら無事目的を果たしたお祝いテー・パーティを。娘も含めて大半のメンバーはロッジ専属マッサージ師のお世話になっていたようです。同宿には西遊旅行のパーティーもおり、本格山歩き派らしく「花の谷」トレッキング、ヘムクンド湖トレッキング、ゴビンダガート徒歩下山とヴィシュヌ神聖地バドリナート(3122m)訪問と、ガンガリア3泊4日の精力的プランだったようだ。とに角、不測の出来事ばかりのインド旅のわりには、花の谷に一日しか割いていないわが隊が予定をこなせただけでもラッキーであった。
ガンガリアにもう一泊後の7日目朝、また全員ロバにまたがり下山開始。馬上では下りの方が却って恐ろしいのに、すぐ往路で痛めた尻の皮がうずきだし鞍に座れず身体を安定させるのに一苦労。途中2回の休憩をいれて3時間半でゴビンダガートへ無事たどり着く。荷物隊が降りてくるのを待ちながら予定外の地元レストランで昼食。ここまでくればもうなんとかなるだろうと腹をくくって(-_-メ)食事…もちろん念入りに皿・スプーンをアルコール消毒したのは当然。
三日ぶりにバスに乗ってすぐ、往路ではなかった大規模ながけ崩れ箇所を肝を冷やしながら通過、その後もつづら折りの山道カーブの度にお尻の痛さを堪える"苦難!限界!忍耐!のヒマラヤ裏街道爆走"でした。ルドヤプラグまではもう当たり前になって驚かないがけ崩れ、通行止め解除待ち一箇所だけ。車中ではガイドのサリンさんの面白い解説に耳を傾けました:大乗小乗仏教から八大仏跡・四大聖地・ヒンズーの教え、早起き・早寝・結婚早い・早い子供つくりの生活、いまだお見合い結婚が普通〜娘が3人もいたら親は持参金で破産、インド巨大企業のTATA財団やリライアンス・グループについてなどなど…興味が尽きませんでした。
そうこうしながらルドヤプラヤグのホテルに無事到着し、サリンさん秘蔵のラム酒を味わいなら夕食。
8日目、あとはリシケシュに下るだけで楽勝!!と思いきや、ホテルから数キロの場所でがけ崩れ・通行止め中とまたもや待機。当分開通しないということでホテルでまたヨガや、ガイド助手のバーラムさんに数独パズルを教えたりしながら時間をつぶし午後2時ようやく目処がつきそうということでスタート。遅れを取り戻す激走につぐ激走にへとへとになって夜9時リシケシュのホテル着。食事後ベッドに入ったのが11時すぎ。
9日目はもう平地移動なのでOKかな(^○^)と思っていたら、今度はハリドワール大巡礼行列のためハリドワール市内が通行止めになるかもしれないということで4:30起床、6時にはバス出発と相成り"不測が当たり前のインド旅"が楽しく・もうヤケクソといった按配。往路ではそれほどでもなかった沐浴場エリアはオレンジ色の服を着たデリー方面からの巡礼グループでごったがえし、自分たちの村の寺に納める灯篭のような担ぎものとガンガーの聖水のタンクを携えた老若男女(女性は少ないが)が続々とデリーに到る道路一杯に歩き出して(大半は裸足)いた。デリーまでで220Kmにもなるので2週間ぐらい歩き通すとのこと。さらに一難去ってまた一難!とばかり、またもや通行止め! 盛り上がった巡礼者数名が川に飛び込み一名が水死したことで救助できなかった警察ともみ合いになったそう。迂回路もなく一時間ほどガソリンスタンドで待機しようやくクリア。立ち寄りを予定していたランチのレストランはこのお盆で休業、やむなく他のレストランを使うなど、とに角、"確実ということがないインド旅"が最終日まで続きます。
それでも15時ごろにはデリーに到着し、フマユーン廟、インド門、ラクシュミー・ナラヤン寺院、ラール・キラー(赤い城)、各国大使館エリアなどの車窓見物とお土産屋さん訪問(孫たちのプレゼントにするTシャツだけゲット)をこなして18時すぎにはデリー空港へ。空港では国際線は2日前に供用開始した新しいターミナル3(なんと広さがアジアで一番、世界で7番目だそう)に変更ということで嫌な予感がしたが、幸い離発着スケジュール表示のモニターがダウンしていたぐらいで、チェックインと出国手続きはスムーズであった。ターミナル内の免税店の大半の商品棚が空っぽだったのはご愛嬌。
帰国便AI306も半分ぐらいの搭乗率で3人がけシートを一人でゆったり使いほとんど寝てこれて翌朝成田に無事到着、"意外性の少ない平穏な日本の生活"に戻ることになった。
【リンク】
花の谷トレッキング
花の谷周辺の花
ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで
ガンガリア 花の谷へ往復トレッキング
ガルワール・ヒマール
【2010年夏シーズンに訪れた方のサイト】2010.09.09現在
#いこいの山岳会山行記/インド ガルワールヒマラヤ「花の谷」トレッキング(2010年7月25日〜8月4日)
#yamagorogoroさん/インド・ガルワール・ヒマラヤ花の谷(2010年8月22日-26日)
#starcirclecafeさんのアルバム/インド ウッタラーンチャル州 花の谷(Valley of Flowers)(2010年7月 254点)記事:世界のパワースポット巡り
#クラブツーリズム添乗員報告/インド・天空の楽園『花の谷』トレッキング 11日間(2010年8月1日〜11日)
【資料】
"FLOWERS OF THE BHYUNDAR VALLEY, The Valley of Flowers National Park & Shri Hemkund Sahib" Chandrashekhar S.Chauhan
『ヒマラヤ百花』内田良平(朝日ソノラマ 2002)
| 海外の旅 | 09:42 | comments(3) | trackbacks(1) | home↑
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