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異郷の地―モロッコへの旅


【フォト】 アルバム 245点 、3/11完
【ショートムービー】サハラ砂漠を四駆で爆走 |チェズアリ・レスト ランのショー [YouYubeリスト]
【旅ノート】
映画「カサブランカ」の舞台、そしてパリ・ダカール・ラリーの途中ルートとなっていたアトラス山脈地帯とサハラに憧れがあり、さらに2月はアーモンドの花が咲いているということで背を押されて旅立つ。
 よほど人気コースらしく、最近では珍しい30名ものツアー(阪急トラピックス)となって、カサブランカを起点としてラバト~フェズ~エルフード~サハラ~ワルザザード~マラケシュとモロッコ中央部を時計回りに一周。ただし往路に経由したパリに当方のスーツケースが取り残され、受け取れたのは3日後といった小事件(エールフランスなのにね?!)があったり、まだ雨季じゃないはずなのに現地旅程8日のうち6日間は一時雨の曇り模様(湿けったサハラ砂漠は想定外、お陰で砂丘歩きは楽ちん(^○^) )だったものの北アフリカの広漠たる大自然に感動、そして素朴で人懐っこくてのんびり屋のモロッコの人々…初めて接したイスラム文化だったこともあって風土風習の違いに圧倒された。

◇赤い砂の世界、サハラ・メルズーカ大砂丘
 砂漠に接する町エルフードのホテルを早朝に6台の四駆(リーダーの一台だけトヨタランクル、他はランドローバー)に分乗、真っ暗な荒野を一時間ほど突っ走ってラクダ基地に着くとちょうどうっすら明るくなる。20分ほど砂丘を登ったり降りたりしながらビューポイントに着くと、もう見渡す限り赤い砂丘以外は"無"の世界。ことりとも音もしないような静寂の夜明けでした。サハラの西の端っこだけでもさすがの迫力!! ただし、日の出ツアーには他に2組ほど、それもみなわが同胞ばかり…日本人はオーロラに加えてデザートもホント好きなこと!帰路、彫りの深い顔立ちのベルベル人運転手の高速ドライブは、まさにパリダカ・シーンで感動しきり!

◇見どころ・スリルいっぱいのカスバ街道
 エルフードから、雪をいただくアトラス山脈(なんとスキー場もあり)を眺めながらワルザザードへ南下するルートでは、赤土色に統一された半分廃墟のような村の家々、広大なオアシス、砂漠の地下を悠久の時間をかけて延々と掘り進めた水道と井戸、城砦化した遺跡アイト・ベン・ハッドゥ(増水した川をラバに乗って渡る、ベルベル人の背中にしがみついていないと落水しそうでヒヤヒヤもの)、トドラの大渓谷、またまた国道の冠水した川床を渡るのに長い行列ができたり(要は橋脚のある橋はほぼない)、オート・アトラス越えルートのティシカ峠(2260m)と雄大な景観、お目当てのアーモンドの花(サクラの花をちょっと大きくしたような感じ)、まるで人里を離れて羊を追っている牧童(かなり長期間の放牧のよう)、バスが止まる度にどこからもなく湧いてくる子どもとみやげ物売りさん、ヘビ・羊屋さん(ヘビや子羊といっしょに写真をとらせてチップ、ひっきりなしに声をかけてくるものの、しつこいというほどのことはなく淡々としていた)…圧巻だらけだ。

◇混沌と迷路の旧市街メディナ
 フェズ、マラケシュ、カサブランカ…どこでもメディナの狭い街路は、地元の人々やバイク・荷車、はてや荷馬車(ロバだけど)が溢れ、店先に解体肉をつるす肉屋、店の棚に鶏がならんでいて選んで絞める鶏屋、魚・八百屋、喫茶、食べもの事屋台、衣料・香辛料・装身具・家具・皮革・真鍮ブロンズ・陶器・カーペット…ありとあらゆるものが渾然としてひきめしあっているスーク、そして屋台・芸人の広場、モスクとミナレット(塔)、職人地区、学校幼稚園・神学校などなど。
 また、街路を歩いていると、グループの東洋人=ニホンジン、と分かるらしく子どもから大人まで、「コンニニハ」「トーキョー? オーサカ?」「サヨナラ」…と声をかけてくる。黙って通り過ぎるわけにもいかず返事をするのだが、そのうちめんどくさくなって「ニーハウ」などいい加減に答えることになる。向こうも気のきいた??輩は「ヘィ!ヤクザ」「モモタロー(これは不思議??)」「ナカタ!!」など言い出してきて笑えてしまう。ツアーTCからの注意のとおり、職人街で働いている子どもなんかを撮ると、さっそくチップを要求されて追いかけられているメンバーもいました。

◇モロッコ料理には参った
 ホテルの朝のビュッフェは欧米風なのだが、観光中の昼夜はほとんどが地元煮込み鍋(水を使わない蒸しなので素材の味はよくでている)のタジンとモロッコサラダ、細かい粒々にした小麦のクスクスばかりなので、8日間も続くといい加減うんざり。旅慣れたツアー・メンバーが多く、生野菜(アーティチョーク:朝鮮アザミなんかも多かった)には注意していたが体調を崩した方はほとんどおらず無事でした。用意したアラビア諸国で効くという下痢止め薬にはお世話にならずに済む。そうそう、パンのたぐい(各家庭でパン粉をこね石釜屋さんで焼いたもの)、チャパティ/ナンに似たクレープはとてもおいしいしかった。果物も、とても味の濃いオレンジが絶品。街中にオレンジがなっていたが、多くはマーマレード用(葉っぱが2枚のもの)だそう。
 半分ぐらいのレストランではアルコールはなしですが、自分でビール・ワインを持ち込むのはOK(グラス代として10ディルハムのチップ)なので助かりました。ちょっと酸味があるメクネス・ワインと地元Flag Specialというビールを楽しむ。カサブランカでは「カサブランカ・ビール」が飲めると楽しみにしていたもののレストランには置いておらず、街の酒屋を探しに探してようやく4本をゲット!! ほとんどが輸出用で地元ではあまり飲まれていないそう。3本は家へお土産に持ち帰り、まるで宝物だ。

◇花は東京より一月早い
 街中では満開のミモザアカシア、ブーゲンビレア、マツバボタンを大きくしたような草花、黄梅、ゼラニュウムのほかアフリカ系らしい花々が楽しめる。サハラの砂丘の陰のようなところにも、黄色の花をつけたブッシュが多数見受けら驚き!! マラケシュからカサブランカへの列車の車窓からは、早春を思わせる原野の花畑が印象的であった。

◇街の人々
 日中や仕事を終えた後はカフェで、男たちが一人や数人で例のミントティを飲んでいる姿を多く見かける。そんな中に女性は一人もおらず、女性は人前に出ないという慣習がまだまだはっきり。軽くビールやカクテルでも飲めば様になりそうなものの、イスラム社会に生まれなくて幸いでした。朝真っ暗な4時半ぐらいにモスクのスピーカーから<祈りの時間ですよ>という詠唱が街中にひびき、時差ぼけでボーとなっていても嫌がおうにも目が覚めてしまう。敬虔な信徒さんは、お決まりの一日五回も身を清めお祈りするとのことで、いやーご苦労さま。慎みのないわがグループでは、5回の祈り、シエスタ、何回ものお茶、仲間とのだべり…でいつ仕事するのかなぁ??という見解がしきり。そう、児童は昼休みは2時間ぐらいで、自宅に戻ってランチをするそうで、そのためか街中に子ども達の姿を多くみかける。子どもたちはみな大変人懐っこく笑顔で挨拶したり、女子学生もはにかみながら会釈してくれる素直さがすてきでした。
 マラケシュで訪ねたディナー&騎馬ショー<チェズアリ>では、食事をするテーブルに美女たちと楽隊が何組も<さぁ踊って!!、写真を撮って!!>と誘ってくる。この若い美女たちの多産系ボディがなんともスゴイ(-_-メ)…わが国とは異なる美の基準があることを思い知らされた次第。
 
【旅程】2008年2月20日~29日 トラピックスから転載

| 海外の旅 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | home↑

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